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静岡地方裁判所 昭和56年(ワ)220号 判決 1988年2月04日

原告

大高剛

右訴訟代理人弁護士

大蔵敏彦

高野範城

江森民夫

被告

静岡市

右代表者市長

天野進吾

右訴訟代理人弁護士

牧田静二

右訴訟復代理人弁護士

渡邊高秀

伊藤喜代次

被告

望月金雄

被告

笹野昌男

被告

青木秀実

右三名訴訟代理人弁護士

高野昭夫

主文

一  被告静岡市は、原告に対して、金五万円及びこれに対する昭和五六年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告静岡市に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告に生じた費用及び被告静岡市に生じた費用の各一〇分の一を被告静岡市の負担とし、原告及び被告静岡市に生じたその余の費用並びに被告望月金雄、同笹野昌男及び同青木秀実に生じた各費用を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して原告に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五六年三月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  当事者の地位

昭和五六年三月当時、原告(昭和四二年三月一日生)は、静岡市立安東中学校二年四組に在学する生徒であつた。

被告静岡市(以下「被告市」という。)は、同中学校の設置管理者であり、被告望月金雄(以下「被告望月」という。)は同校の二年三組を、被告笹野昌男(以下「被告笹野」という。)は二年四組を、被告青木秀実(以下「被告青木」という。)は二年五組を、それぞれ担任する教諭(以下「被告教諭ら」という。)であつた。

二  被告教諭らの加害行為及び原告の負傷

1 昭和五六年三月当時、安東中学校の生徒間では、催眠術遊びとでも称すべきものが流行していた。これは、二人の生徒が向き合つて立ち、一方の生徒(以下「被術者」という。)が大きく息を五・六回吐き、肺内の空気を吐き切つたところを見はからつて、他方の生徒が被術者たる生徒の胸を勢いよく突くことによつて、被術者があたかも催眠術にかかつたかのように、その意識をもうろう状態にするもの(以下単に「催眠術遊び」という。)で、二年四組の生徒の間でも、昭和五六年三月初めころから休み時間等に頻繁に行われていた。

2 同年三月五日午後二時二〇分ころ(生徒による掃除(労作)の時間前)、原告は、二年四組の教室で、同級生の佐野正直らと共に、同級生の有富義晃に対し、催眠術遊びをしていた。そこへたまたま被告望月が通りかかり、「何をしているのだ。近くにいる奴は来い。」と叱つた。そこで、原告が催眠術遊びをしていた旨答えたところ、被告望月は、「早く掃除に行け。」とそばにいた生徒全員に言つたので、生徒らはそれぞれ掃除にとりかかつた。

3 翌三月六日金曜日午前一一時三五分ころ、原告は、第四時限の音楽の授業を受けるべく音楽教室にいたところ、右授業開始直後、その授業を担当していた被告笹野から、佐野正直と一緒に職員室にいる被告望月の許へ行くよう命じられた。

4 原告と佐野正直が直ちに職員室に行つたところ、被告望月は、原告らに命じて床の上に正座させた。

被告望月は、原告に対し、「お前はきのう嘘をついたろう。」と言い、身に覚えがない原告が、「僕は嘘をついていません。」と答えたところ、やにわに右手で原告の左顔面を一回殴打して、「眼鏡をとれ。」と命じ、原告が眼鏡をとつてそのポケットに入れると、原告の顔面を続けざまに殴打した。被告望月は、原告が「いじめようと思つてやつたわけではありません。」と言うのに対し、「それがいじめることになるんだ。」と言い、更に殴打を続けた。この際被告望月が原告の頭部・顔面を殴打した回数は、実に一〇数回以上にのぼつた。

5 更に、被告望月は、原告に対して、「他にやつた奴はいないか。」と問い、原告が「まわりには多勢いたが、やつたのは僕です。」と答えたところ、「他の奴も関係がある。連れて来い。」と命じた。そこで、やむなく原告は、音楽教室に戻り、「まわりにいた人は来て下さい。」と言い、それに応じた男子八名、女子六名の生徒と共に職員室に帰つた。

被告望月は、職員室に戻つた原告に対し、重ねて「いつも有富をいじめている奴は誰だ。」と言つたので、原告は、再び音楽教室に行き、望月宏明を呼んで職員室に連れて帰つた。

6 被告望月は、職員室に来た生徒全員に命じて床の上に正座させ、自分は椅子に腰掛けたまま、「一人ずつ前へ来い。」と命じ、男子生徒には平手で左右の頬を数回ずつ殴打し、女子生徒には平手で額を強く小突き、そのうちの何人かを突き倒した。

被告望月は、望月宏明に対しては、その襟首を掴んで平手で四、五回強打し、うずくまつた同人の腹部を蹴り、更にその襟首を掴んで立ち上がらせてパシッ、パシッと殴打を加え、そのため、同人の唇が切れて出血した。

被告望月は、そのときかなり興奮しており、余りにも激しい暴行を望月宏明に加えたので、これを見ていた原告はじめ同級生は、震え上がつてしまつた。

7 その時、職員室にいた小林教諭が止めに入つたため、被告望月は、漸く望月宏明に対する暴行をやめた。

しかし、被告望月は、「お前らは俺が注意すると、反抗的な目つきで見る。」「殴られてからわかるようじや、もう終りだ。」などとののしり、生徒全員に対して、「有富を誰かがいじめたら、お前達が責任をとれ。」と言つた。

その時、そこに居合わせた二年一組担任の中川雅充教諭が、原告と望月宏明以外は教室に帰れと命じたので、他の生徒たちは職員室を去つた。

8 被告望月は、残つて正座している原告と望月宏明に対し、なおも「他に有富をいじめている奴はいるか。」と追及したので、今度は望月宏明が音楽教室へ行つて、服部智一を職員室に連れて来た。

被告望月は、服部智一にも正座させ、同人に対して、殴打したり、突き飛ばしたり、小突いたり、踏みつけるなどの暴行を加えた。

9 やがて、第四時限の授業が終了し、被告青木及び同笹野が職員室に帰つて来た。

被告青木は、原告を自分の机のところに連れて行き、正座させたうえ、「お前は授業中ふざけているじやないか。真面目にやらなければだめだ。」と言つて、手拳で原告の頭部をガツン、ガツンと約二〇回位殴打する暴行を加えた。

10 それを見ていた被告笹野は、原告の方を見て急に顔を真赤にして怒り出し、訳のわからないことをわめきながら、原告の顔面を平手で一〇数回バシッ、バシッと連打した。

11 その時、原告らのことを心配した二年四組の別の女子生徒一三名が、私達も悪いから共同責任をとると言つて、職員室に来た。被告教諭ら三名は、「ああいう奴らにも一発張つたほうがいい。」とか、「二年四組の女子は悪い性質がある。」などと口々にののしり、被告望月は、原告・望月宏明及び服部智一に対し、「給食が終つたら、また来い。」と命じ、やつと原告らは教室に帰ることを許された。

12 給食の時間が終つて、原告が、望月宏明及び服部智一と共に職員室に行くと、既に前記一三名の女子生徒も来ていた。そこで、同女らと共に職員室の前の廊下に正座していたところ、そこへ被告青木が来て、「なんで女子が座つているんだ。女子を帰らせろ。」と言つて原告を蹴つたので、原告は、「女子は帰つて下さい。」と頼んで、第五時限の英語の授業(午後一時三五分開始。)に出てもらつた。

13 暫くすると、中川雅充教諭が、正座している原告、望月宏明及び服部智一のところに来て、「お前らちよつと入れ。」と言つて、三人を職員室に入れ、「先生は教育に命をかけている。先生が殴るのを恨むのではない。」と諭して、教室に帰るよう指示し、やつと原告らは教室に帰された。

14 以上のような被告教諭ら三名の長時間に亘る執拗かつ激しい暴行により、原告は、一〇日間の加療を要する左眼球打撲兼球結膜下出血の傷害を負わされた。

三  被告らの責任

1 被告教諭ら三名は、いずれも生徒の教育という被告市の公権力の行使に当る公務員であるところ、その設置管理に係る安東中学校において、その職務を行うにつき、同校の生徒である原告に対して、故意に暴行を加えて傷害を負わせたものであるから、被告市は、国家賠償法第一条の規定により、原告に対して、右行為によつて生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

2 被告望月、同笹野及び同青木も、原告に対し、故意に本件不法行為をしたものであるから、民法第七〇九条、第七一九条の規定により、それぞれ個人として後記損害を賠償すべき責任がある。

四  損害

原告は、被告教諭ら三名の本件不法行為による傷害を負わされただけではなく、授業を受ける機会も奪われた。そのうえ、多数の教員のいる場所で多数の同級生とともに体罰を加えられたものであつて、原告の人格の尊厳に加えられた侵害は大きく、その損害は計り知れないものがある。

この原告の精神的苦痛に対する慰藉料としては、金五〇万円が相当である。

五  結論

よつて、原告は、被告らに対し、慰藉料金五〇万円及びこれに対する本件不法行為のなされた日である昭和五六年三月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告市の請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実について

1(一) 同1のうち、原告主張の当時、安東中学校の生徒間で催眠術遊びが行われていたこと及び催眠術遊びの内容がほぼ原告主張のとおりであることは認めるが、その余の点は知らない。

(二) 催眠術遊びは、一歩誤れば、生命にかかわる極めて危険な行動であるため、かねてから学校は、これを禁止すべく、生徒を指導してきたものである。

2 同2のうち三月五日の午後(但し、時間の点は争う。)二年四組の教室で、原告らが有富義晃に対し催眠術遊びをかけていたこと及びそのころ被告望月がその附近を通りかかつたことは認めるが、その余の点は否認する。

3 同3の事実は、時間の点を除き、ほぼ認める。同日は、学期末の短縮授業が実施されていたので、第四時限は、午前一一時二〇分から午後〇時五分までであつた。

4 同4のうち、被告望月が原告と佐野正直を職員室に呼び、正座を命じたこと及び被告望月が原告の顔面附近を平手で数回たたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

5 同5のうち、被告望月が、原告に対して、前日有富に対する催眠術遊びに加わつた生徒を職員室に連れてくるよう命じたこと、その結果、望月宏明をはじめ、男子六名及び女子六名の生徒が職員室に呼ばれたことは認めるが、その余の点は否認する。

6 同6のうち、被告望月が、男女生徒全員を床の上に正座させたこと、その後、生徒一人ずつに注意を与えたこと、その際、原告と佐野正直を除く、男子生徒の顔面附近を平手でたたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

7 同7のうち、原告と望月宏明とを残して、他の生徒が教室に戻つたことは認めるが、その余の点は否認する。

8 同8のうち、原告主張のような経過で服部智一が職員室に呼ばれたこと、被告望月が右服部に正座を命じて説諭を加えた際、同人の顔面を平手でたたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

9(一) 同9のうち、被告青木及び同笹野が授業を終えて職員室に戻り、そこで、被告青木が原告に対して説諭したことは認めるが、その余の点は否認する。

(二) 被告青木が原告を説諭した際、左手の握りこぶしを原告の頭頂部に当て、更に説諭を続けながら頭頂部を数回ゆするようにして話をしたことはあるが、これは、原告の注意を喚起し、激励するために行つたものである。

10 同10のうち、被告笹野が原告の頬を数回平手でたたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

11 同11のうち、女子生徒らが自分達にも責任があると言つて、自発的に職員室に来たこと、及び被告望月が原告ら三名に給食をとらせるべく教室に帰したことは認めるが、その余の点は否認する。

12 同12のうち、給食の時間が終つて原告ら三名が職員室に来たこと、被告青木の指示で原告が女子生徒一三名を教室に戻したことは認めるが、その余の点は否認する。

13 同13のうち、中川雅充教諭が原告らを説諭したうえ、教室に戻らせたことは認めるが、その余の点は否認する。

14 同14の事実は否認する。

三  同三の主張について

1 同1のうち、被告市が市立安東中学校の設置管理者であること及び被告教諭ら三名が被告市の公務員であることは認めるが、その余の点は争う。

2 同2の主張は争う。

四  同四及び同五の主張について

いずれも否認ないし争う。

(被告教諭ら三名の請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二の事実について

1 同1のうち、当時安東中学校において催眠術遊びが行われていたこと及び催眠術遊びの内容が大要原告主張のとおりであることは認めるが、その詳細については知らない。

2 同2のうち、三月五日午後原告らが二年四組の教室で有富に対し催眠術遊びをしたこと及び被告望月がその附近を通りかかつたことは認めるが、その余の点は否認する。

3 同3の事実は認める。但し、同日は学期末のため授業時間を通常より五分短くして四五分間としており、第四時限は午前一一時二〇分から午後〇時五分までであつた。

4 同4のうち、原告と佐野正直が職員室に行つたこと、被告望月が原告らを正座させ、原告の頬、額を平手で合計一〇回位たたいたこと、その間原告の眼鏡を取らせたことは認めるが、続けざまに殴つたとの点及びその回数が一〇数回以上にのぼつたとの点については否認し、原告をたたいた経過についても争う。

5 同5のうち、被告望月が、有富に対し催眠術遊びを行つた原告以外の者の有無を尋ね、当時回りで見ていた者を連れてくるよう命じたこと、原告が音楽教室から男女生徒を連れてきたこと(但し、その数は男子六名女子六名である。)及び原告主張のような経過で望月宏明も職員室に来たことは認めるが、原告の詳細な言動については知らない。

6 同6のうち、被告望月が、生徒全員を床の上に正座させたこと、原告・佐野正直以外の男女生徒を一人ずつ呼んだこと、原告・佐野正直以外の男子生徒の顔面を平手で数回ずつたたいたこと、望月宏明の唇が切れたことは認めるが、その余の点は否認する。

7 同7のうち、原告と望月宏明以外の生徒が職員室を出たことは認めるが、その余の点は否認する。

8 同8のうち、原告主張のような経過で服部智一も職員室に来たこと、被告望月が服部智一を正座させて同人を平手でたたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

9 同9のうち、被告青木及び同笹野が授業を終えて職員室に帰り、被告青木が原告主張のような説諭をしたことは認めるが、その余の点は否認する。

被告青木は、椅子に腰掛けて説諭しながら、左手の握りこぶしを原告の頭頂部に当て、更に説諭を続けながら頭頂部を一〇回余り押したにすぎない。

10 同10のうち、被告笹野が原告の頬を四回位平手でたたいたことは認めるが、その余の点は否認する。

11 同11のうち、女子生徒一三名が職員室に来て、自分たちにも責任があると言つたこと及び被告望月が、原告らに給食が終つたら来るように命じて、教室に帰したことは認めるが、その余の点は否認する。

12 同12のうち、原告らと一三名の女子生徒が正座していたこと、被告青木の指示で原告が女子生徒を帰らせたことは認める(但し、第五時限の開始時刻は午後一時一五分である。)が、生徒達が正座した順序については知らず、その余の点は否認する。

13 同13のうち、中川雅充教諭が職員室で説諭したうえ原告らを教室に帰したことは認めるが、説諭の内容は知らない。

14 同14のうち、被告教諭ら三名が執拗かつ激しい暴行を加えたとの点及び被告青木の行為と原告の傷害との因果関係については否認し、原告の傷害の部位程度並びに被告望月及び同笹野の行為と原告の傷害との因果関係については知らない。

三  同三ないし同五に対する認否は、被告市のそれと同じである。

(抗弁)

一  懲戒権行使による違法性阻却

1 本件懲戒権行使の背景

(一) 昭和五五年度二学期ころから、二年四組の生徒間で、弱い者いじめをしたり、いやがらせをしたりする雰囲気が見られた。このことについては、被告笹野らにおいて、再三生徒らを指導し、その父母にも協力を依頼したが、ほとんど改善されなかつた。

(二) 原告は、成績こそ二年四組の中で上位を占めていたが、学校の規則を守らない、掃除を真面目にやらない、遅刻が多いなど日常生活上改善すべき点が多いだけでなく、真面目に授業を受けている生徒をふざける仲間に引きずり込んだり、弱い者いじめをするなど(一)で述べた雰囲気と深いかかわりがあり、しかも、友人を悪い遊びに引き込んでおいて、自分は関係ないような態度をとつたり、悪いことを注意しても知らぬ振りをしたりすることが多かつた。

被告笹野らは、折にふれて、原告のこのような欠点を是正すべく努めてきたが、より一層根本的な指導が必要と思われた。

(三) 有富は、明るく素直で誠実な生徒であつたが、左右の目の視点が合わず、右足が不自由であるなどの身体的障害があるため、弱い者いじめの対象になりやすいところがあつた。

2 本件懲戒権行使に至つた直接的な事情

(一) 三月五日午後三時五分ころ、掃除の時間中に見回りに出かけた被告望月は二年四組の生徒達が掃除をしていないらしい様子に気付き、当日学級担任の被告笹野が休暇中でもあつたため、教室内に入つた。

生徒達は散るようにして掃除にとりかかつたが、教室前側の出入口附近で、有富が右手で頭を押えてうずくまり、被告望月が尋ねても、涙を流しながら、「何があつたかわかりません。」と答えた。

他の生徒も、被告望月の問いに黙して語らなかつたが、原告は、「別に何もしていません。」「ほんとです。何もしていません。遊んでいただけです。」などと、有富とは全く関係ないように答えた。被告望月は、遊んでいたことを叱り、早く掃除を始めるよう指示し、他にも見回る箇所があつたのでその場を離れた。

(二) 当時、原告らが有富をいじめているらしいことは、二年生の学年部会(二年生担任・副担任の教諭によつて構成されるもの)でも話合われていた。

(三) 翌三月六日第二時限終了後の休み時間に、被告望月が有富から前日の掃除の時間中の出来事について尋ねたところ、有富は、原告及び佐野正直らに強要されて催眠術遊びの対象となつたこと、以前にも持ち物を隠されたり給食の食べ物を教科書に挟まれたり、殴られたり蹴られたりしたことを説明した。

被告望月は、有富の右説明は間違いがなく、前日原告がした「何もしていません。遊んでいただけです。」との言訳は偽りであると考えた。

(四) そこで、被告望月は、前日の催眠術遊びの直後の模様を現認したことからしても自分が原告らを指導するのが適当と考え(生徒の非行については、当該学年の担当者が協力して指導にあたることになつていた。)、第三時限終了後の休み時間に学級担任の被告笹野及び学年主任である奥村教諭に、第四時限(被告望月はこの時間帯には授業を担当していなかつた。)に原告らを指導することを申し入れ、了解を得た。

3 本件懲戒権行使の状況

(一) (請求原因二4関係)

被告望月は、正座した原告と佐野正直に対し、まず「きのうなぜ嘘をついたか。」と尋ねたところ、原告は、「嘘はついていません。」と答えた。そこで、被告望月がさらに問い質した結果、原告は、ようやく前日の催眠術遊びについて話したが、ただ遊んでいただけであるなどと説明し、反省した様子は見られなかつた。

催眠術遊びでは、被術者の意識がもうろうとなり、中にはけいれんを起こして口から泡を出す生徒もあるほどであり、被告望月は、その危険性を十分認識していた。そこで、被告望月は、原告に催眠術遊びを実演させ、仮に遊びだと思つていたとしても実際には命にもかかわる危険があることを指摘した。

更に被告望月が、原告に対して、以前にも有富にこのようなことをしたことがあるか尋ねたところ、原告は、しばらく言いしぶつた末、「蹴つたことがあります。」と答えた。被告望月は、有富が身体的欠陥を克服しようと努力していること、蹴つた者をかばつて氏名を言わなかつたことなども述べて、反省を促した。

以上の説諭・指導に際し、被告望月は、原告を一〇回位たたいたのであるが、この間、原告は、事実関係さえなかなか認めようとせず、進んで自分の加害行為を述べるようなところもなく、反省の色はあまり見られなかつた。しかし、最後には、被告望月のきびしい指導によつて一応謝つた。

(二) (請求原因二6ないし8関係)

被告望月は、職員室に来た原告、佐野正直及びその他の男子七名、女子六名を正座させて、催眠術遊びを見ながらこれを止めなかつたことについて注意し、椅子に腰掛けたまま、原告と佐野正直以外の生徒を一人ずつ呼んで、男子生徒の額、頬を平手で数回ずつたたき(望月宏明に対しては、同人がすぐ来なかつたことなどもあつて、胸元を押して三、四回平手でたたいた。)、女子生徒の額をたたくようにして平手で軽く押した。そして、一五名の生徒に向かつて、有富に対する弱い者いじめ(持ち物を隠したり、給食の総菜を教科書に挟んだりする等。)は皆の責任であること、有富は自分の体の不自由さを克服しようとしているのだから助けなければいけないこと、原告らが蹴つたりするのを黙つて見ていてはいけないこと、催眠術遊びは危険でもあるからやめなければいけないことなどを話して聞かせた。

被告望月が服部智一を呼んだのも、この際有富に対するいじめを何とかやめさせたいと思つたからであつて、被告望月は、正座した服部智一に対し、同人が有富の筆箱を隠したほか、有富に足をかけたことを述べさせ、原告ほか二名に対し、皆で有富を助けていじめの雰囲気をなくしていくよう、再度諭した。

(三) (請求原因二9、10関係)

被告青木は、二年四組の理科の授業を担当しており、前記学年部会での話などからも、原告に一言注意したいと考え、原告に声をかけた(同被告がその時観察したところでは、原告の左の頬が少し赤つぽい感じがしただけで、それも注意して見ないとわからない程度であつた。)。そして、原告に対し、授業中ふざけて注意を受けることが多いことを指摘し、真面目に授業を受けること、弱い者の味方になる気持を持つことなどを求めた。

被告笹野は、原告に対し、嘘をつくことが多いと指摘するとともに、善悪の判断をしつかりするよう求めた。

4 以上に詳述したとおり、被告教諭ら三名の本件各行為は、いずれも教育上の必要から生徒に対し懲戒を加えるために行つたものであるから、原則として違法性は阻却されるものというべきである。

二  謝罪による損害の回復ないし軽減

仮に被告教論らの懲戒権の行使が違法であるとしても、教諭である被告三名を監督する立場にある校長寺田隆司(以下「寺田校長」という。)、被告望月及び同笹野は、次のとおり、原告の父に対し、指導に行き過ぎのあつた点を認めて謝罪しているから、これによつて、原告の精神的損害は、回復ないし軽減されたとみるべきである。

1 昭和五六年三月七日昼過ぎころ、来校した原告の父に対し、被告望月、同笹野及び寺田校長が謝罪した。

2 同月九日午前、来校した原告の父に対し、被告笹野及び寺田校長が謝罪した。

3 同月一一日午後六時一〇分ころ、被告望月、同笹野及び寺田校長は、謝罪のため原告宅を訪問し、原告の妹(当時小学校六年生)が「父は不在である」旨インターホーンで回答したので、同女に対し来意を伝えた。原告の父は、その後まもなく右謝罪のための訪問を知つた。

4 同年五月二三日午後、被告望月は原告宅を訪れ、原告の父に謝罪した。

三  国家賠償法による公務員個人の免責(被告教諭ら三名の仮定的主張)

仮に被告教諭らの懲戒権の行使が違法であつて、かつ、これによつて原告に損害が生じたとしても、被告教諭らの本件懲戒権の行使は、国家賠償法第一条の「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたとき」に該当するものというべきところ、このような場合には、その賠償の責に任ずる者は、同条の法意に照らし、もつぱら当該公共団体(本件においては被告静岡市)に限られ、行為者としての当該公務員個人は、被害者に対し直接には賠償責任を負担しないと解するのが相当である。けだし、かかる場合に公務員の個人責任を肯定すれば、その職務活動を萎縮させる虞れがあるからである。

(抗弁に対する認否反論)

一  抗弁一(懲戒権行使による違法性阻却)について

1 同1の事実は否認する。

2 同2のうち、原告の主張に反する部分は否認する。その余の事実は知らない。

3 同3のうち、原告の主張に反する部分は否認する。

4 同4の主張は争う。

二  抗弁二(謝罪による損害の回復ないし軽減)について

1ないし4の事実については、いずれも、被告主張の日時、場所において往来があつたことは認めるが、被告らによつて謝罪がなされたことは否認する。その余の事実も否認する。

事件後における原告の父親と学校側との交渉経過は、以下のとおりである。

① 昭和五六年三月七日午前、原告の父親は、本件事件の経過と事情を聞くため学校へ出向いたところ、寺田校長が不在であつたので教頭に面談して事情を聞いたが、教頭は、殴つたことを事実上否定し、原告の悪口さえ主張した。

② 原告の父親は、同日午後再度学校を訪問し、寺田校長、教頭、被告望月及び同笹野と会つたが、話合いは平行線に終つた。そこで、次のことについて文書による回答を求め、学校側もこれを承諾した。

(イ) 事件の実情説明

(ロ) 謝罪

(ハ) 関係者の処分

(ニ) 今後の本件に対する学校の方針

③ 三月九日午前、原告の父親はまたも学校を訪問し、学校側と話をしたが、前記三月七日の文書による回答を拒否したばかりでなく、寺田校長以下は謝罪の意思さえもつていない態度に終始していた。原告の父親が当事者の被告望月、被告青木との面会を強く求めたが、学校側はこれを拒否した。

④ 同日午後再度面会を求めたが、前記両名に拒否され、右のような学校側の対応に全く誠意がみられないため、寺田校長に告訴にふみきる旨を述べて、告訴をした。

⑤ 三月一一日夕方、寺田校長、被告望月及び同笹野が原告宅を訪問したが、謝罪のためではなく、告訴の取下を求めるための来訪と思われる。小学六年生にその意を伝えて謝罪と解するのは、常識的に理解に苦しむ。

⑥ 五月二三日、被告望月他二名が来訪したが、「告訴を取下げてくれ」とのことであり、告訴を取下げない限り謝罪はしないと言明して帰つた。

三  抗弁三(国家賠償法による公務員個人の免責)について

国家賠償法第一条第一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職権を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずると規定する一方、同条第二項は、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有すると規定している。換言すれば、公務員の過失が重大なものでない限り、行政主体は、公務員に対して求償することができない。また、公務員の個人責任を否定する判例・学説は、公務員の被害者に対する直接の賠償責任を肯定すると、公務員の職務活動を萎縮させる虞れがあるという。しかして、公務員に軽過失しかない場合にまで個人責任を肯定すると、そのような虞れが絶無とはいえないかもしれない。

しかしながら、公務員に故意の存するときは、そのような虞れは全くない。また、公務員に故意又は重過失がある場合につき、法律が公務員に対する求償を認めているのは、そのような虞れがないからに他ならない。このようにみてくると、少なくとも公務員に故意の存する場合には、公務員個人の被害者に対する直接責任が認められて然るべきである。

ところで、本件においては、被告教諭らの行為は、その弁解にもかかわらず、学校教育法第一一条但書にいう体罰に該当するというだけでなく、刑法上の暴行罪・傷害罪にも該当する不法行為である。また、体罰の絶対的禁止を明定する法律を敢えて冒した場合には、過失責任の場合と異り、教諭に個人責任を負わしめても、その教育活動を萎縮させることはありえない。まして、それが暴行罪・傷害罪にも該当する行為である場合には、個人責任を免れさせることはむしろ不当ですらある。なぜならば、刑法上犯罪とされるべき行為が、学校外で子供に対してなされた場合には、当該行為者に対して不法行為責任を追及できるのに、最も人権が尊重されるべき学校でなされた場合には、かえつて当該行為者の個人責任が免除されるというのでは、背理というべきだからである。

(再抗弁――体罰その他懲戒権の逸脱)

仮に、被告教諭ら三名の原告に対する本件行為が、いずれも懲戒行為に当たるとしても、それらは、強圧的かつ執拗に頭部及び顔面に対して激しい殴打を反覆継続したものであつて、法律上一般的に禁止されている体罰に該当するばかりでなく、また、長時間にわたり、中学校の生徒から授業を受ける機会を奪つたものであつて、懲戒権の行使として許されるべき法的限界を著しく逸脱しているから、懲戒行為の故をもつて、その違法性を阻却するものということはできない。

被告らは、①事件の発端が催眠術遊びという生命の危険を伴う原告の加害行為にあつたこと、②原告の弱い者いじめが他の生徒にも悪影響を及ぼし、学級の指導上放置できない状態にあつたこと、③原告に対する懲戒が事件発覚直後の適切な時期になされたこと、④当初原告は事実関係さえ素直に認めようとしなかつたこと、⑤原告の苦痛・傷害が軽かつたこと等を挙げて、被告教諭ら三名の本件行為は体罰に当たらないし、仮に体罰に当たるとしても、適法な懲戒行為の範囲に属する旨主張するが、いずれも失当である。

第一に指摘されなければならないことは、被告教諭ら及び学校側が、催眠術遊びについて、全くと言つてよいほど知識がないことである。このことは、①の理由が根拠のないものであることを示している。

次に②の点であるが、有富義晃は、身体的にさしたる障害をもたず、走るのも速く、サッカーも他の生徒と一緒にやつていた。そして、他の生徒らは、教員が有富を過保護にしていると感じていた。もし他の生徒の有富に対する対応に好ましくないものがあつたのであれば、個別指導その他の適切な方法でこれを改善すべきであつて、生徒を殴つて解決を図るべきことではない。

第三に、被告教諭ら三名の本件行為は、懲戒権の行使として許されるべき範囲をはるかに越えた体罰であり、傷害行為以外の何ものでもない。そして、催眠術遊びが発覚した当日には全く何の指導もせずに、わざわざ翌日の授業時間中に、それも二年四組の生徒の大部分を職員室に呼び出したうえ、前日の催眠術遊びのことにとどまらず、旧聞に属することまでまとめて体罰の理由にしたもので、被告教諭ら三名の恣意的行動というほかはない。

第四に④の点であるが、原告は、被告教諭らに対し、終始素直に応答している。これを素直に聴く耳をもたなかつたのは、被告教諭ら三名である。このことは、被告教諭らが生徒を信用するという教育的方法によらず、疑つてかかるという警察的態度で生徒に臨んでいることに起因する。また、被告笹野及び同青木は、原告の弁明を殆んど聴かずに、突然に殴りかかつた。これは、原告が事実関係を素直に認めなかつたから殴つたという被告らの主張が、全く理由のないことを端的に示すものである。

第五に原告の被害が軽かつたという主張についてであるが、原告の負つた傷害は診断書記載のとおり全治一〇日間であり、優に刑法上傷害罪の構成要件である傷害に該当するものである。また、原告に対する被告教諭ら三名の殴打の回数は数一〇回に達しており、原告の苦痛が軽かつたなどとは到底言えない。なお、原告が三月六日夜小林寺拳法の練習に出かけたというのは、全くの誤解である。

(再抗弁に対する反論)

被告教諭ら三名の原告に対する本件行為が、体罰に該当するなど、懲戒権の行使として許されるべき範囲を逸脱している旨の原告の主張は、すべて争う。その理由は、次のとおりである。

1  懲戒権行使の限界に関する一般論

(一) 学校教育法第一一条によつて認められている懲戒には、事実行為としての懲戒も含まれる。

(二) 学校教育法第一一条但書によつて禁止される体罰の概念並びに体罰の違法性の有無・強弱に関しては、肉体的苦痛の程度と教育上の必要性の両面から検討されるべきである。

即ち、肉体的苦痛の有無に関しては、当該生徒の年令、健康状態、場所的及び時間的環境等種々の条件を総合して判断すべきである。このことは、主に殴るなどの「身体への実力行使」に至らない懲戒に関し論じられたことではあるが、例えば頭を軽くたたいたり肩を押したりする行為が「体罰」に該当するか否かについても、同様というべきである。

また、当該生徒の行状、懲戒に至る経緯、懲戒行為時の訓戒の有無・内容、懲戒による教育上の効果等の諸事情によつて、体罰の違法性の有無・強弱が弾力的に解釈されなければならないことは、本来教育が法の支配に親しみにくい作用であることからも、容易に推論しうるところである。

(三) 「体罰」の概念を、懲戒の内容が身体的性質のものである場合と解し、かつ、「体罰」に該当すれば違法性を阻却することはありえないとする説もないではないが、少なくとも校内暴力・中学生の非行等の指摘される現状において、右の説に従つて何時如何なる場合にも微温的な説得にとどめることは、教育の無力化をもたらすものであつて、右のような説にはにわかに賛同できない。

(四) そして、体罰禁止の原則を確固不動のものとしつつ、右のような教育界の現状をも十分に斟酌して、懲戒権の行使として相当と認められる範囲の有形力の行使については、そもそも体罰の概念に含まれないとする考え方も、有力と思われる。

2  本件懲戒権行使についての法的評価

(一) 本件が懲戒権行使の過程で発生したことは明らかである。

(二) 被告青木の行為は、同被告が椅子に腰掛けたままであつたこと、原告の身体に軽く触れたにすぎないこと、原告主張の傷害とは全く関係がないこと、原告が当時中学校二年生であつたこと等を総合すれば、前記1(三)の説に立つても、学校教育法第一一条但書にいう「体罰」には該当せず、懲戒権の行使としての適法な行為であつたというべきである。(前記1(四)の考え方によれば、体罰に該当しないと判断することは一層容易であろう。)

(三) 被告望月、同笹野の行為は、前記1(三)の説に立てば学校教育法一一条但書にいう「体罰」に該当する。

しかし、事件の発端が催眠術遊びという生命の危険を伴う原告の加害行為にあつたこと、原告は当該被害者に対し以前にも暴行したことがあり、これらの弱い者いじめが他の生徒にも著しい悪影響を及ぼし、クラス(学年)指導上放置できない状態にあつたこと、原告に対する懲戒が事件発覚直後の適切な時期になされたこと、当初原告が事実関係さえ素直に認めず、被告望月の行為によつて初めて事実を認め、次第に反省していつたこと、被告両名の行為は説諭・訓戒と平行し説諭・訓戒の補助的手段として行われ、椅子に腰掛けたままたたいたことが多く苦痛も軽かつたと思われること、結果的にも原告の傷害は同人が当日夜少林寺拳法の練習に出かけるなど日常生活上特に支障を生じない程度のものであつたこと等を総合すれば、右被告両名の行為は、懲戒権の行使として違法性を阻却される。

(四) なお、仮に被告青木の行為が体罰に該当するとしても、右(三)と同様の理由によつて、違法性が阻却される。

また、被告望月及び同笹野の行為は、前記(三)で述べた諸事情を総合すれば、学校教育法第一一条但書にいう「体罰」にはそもそも該当せず、懲戒権の行使としての適法な行為であつた旨選択的に主張する。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者の地位について

請求原因一の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二被告教諭らの加害行為及び原告の負傷について

請求原因二の事実のうち、昭和五六年三月当時、安東中学校の生徒間で催眠術遊びが行われていたこと、催眠術遊びとは、二人の生徒が向き合つて立ち、被術者たる生徒が大きく息を五・六回吐き、その肺内の空気を吐き切つたところを見はからつて、他方の生徒が被術者たる生徒の胸を勢いよく突くことによつて、被術者があたかも催眠術にかかつたかのように、その意識をもうろう状態にするものであること、同月五日午後、二年四組の教室内で、原告が佐野正直らとともに有富義晃を被術者として催眠術遊びをしていたところ、被告望月がその附近を通りかかつたこと、翌三月六日、原告が第四時限の音楽の授業を受けるべく音楽教室にいたところ、右授業開始直後、被告笹野から、佐野正直と共に職員室にいる被告望月の許に行くよう命じられたこと、被告望月は、職員室に来た原告及び佐野正直に命じて床の上に正座させ、原告の顔面附近をたたいたこと(もつとも、その態様及び回数については争いがある。)、被告望月が原告に命じて、前日有富に対する催眠術遊びを近くで見ていた生徒を呼びに行かせたところ、望月宏明ほか一〇名以上の男女生徒(その人数については争いがある。)が職員室に来たこと、被告望月は、これらの生徒全員に命じて床の上に正座させ、男子生徒に対してはその顔面附近を平手でたたいたこと(その態様については争いがある。)、その後原告及び望月宏明を残して、他の生徒は音楽教室に戻つたこと、被告望月が職員室に残つた原告と望月宏明に対して、なおも有富をいじめている生徒がいるか追及したので、今度は望月宏明が音楽教室に行つて、服部智一を職員室に連れてきたところ、被告望月は、服部智一にも正座をさせたうえ、平手で顔面をたたいたこと(態様及び回数については争いがある。)、第四時限の授業終了後、職員室に戻つた被告青木が、原告に対して説諭をし、被告笹野が原告の顔面を平手でたたいたこと(態様及び回数については争いがある。)、丁度その時、二年四組の女子生徒一三名が、自分達にも責任があると言つて自発的に職員室に来、被告望月は、原告・望月宏明及び服部智一に給食をとらせるべく教室に帰したこと、給食時間終了後、職員室前の廊下には一三名の女子生徒も正座していたので、被告青木は原告に指示して、同女らを教室に戻らせたこと、その後しばらくして、中川雅充教諭が原告・望月宏明及び服部智一を職員室に招き入れ、説諭をしたうえ教室に帰したこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、これら当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次の各事実を認めることができる(なお、理解に資するため、認定事実のほか当事者間に争いのない事実も適宜摘示する。)。

1  催眠術遊び

昭和五六年三月当時、安東中学校の生徒間で行われていた催眠術遊びとは、次のようなものであつた。即ち、二人の生徒が向き合つて立ち、被術者たる一方の生徒が大きく息を五・六回吐き、肺内の空気を吐き切つたところを見はからつて、他方の生徒が被術者たる生徒の胸を手拳等で勢いよく突き、これにより被術者たる生徒が呼吸困難となつて、あたかも催眠術にかかつたかのように意識がもうろうとなるというものであつて、ひどい時には被術者が転倒しけいれんを起こすこともあつた。この催眠術遊びは二年四組の生徒間においても、同年二月ころから休み時間等に頻繁に行われるようになつた。

二年六組担任の小林一男教諭は、同年二月下旬ころ、生徒の父兄から右催眠術遊びの内容を聞知して、朝の職員打合せの際この問題を取り上げるに至り、被告望月は、自分の担任する二年五組の生徒に対して、催眠術遊びの危険性を説くとともに、これをやつてはならない旨指導していた。

2  原告の行状

原告は、学業については二年四組の生徒の中でも上位の成績であつたが、学校の規則を守らない、掃除を真面目にやらない、遅刻・忘れ物が多いなど日常生活上改善すべき点が多かつた。

のみならず、二年四組では、昭和五五年度二学期ころから、弱い者いじめをしたり、授業中悪戯・嘲笑等をして真面目な生徒の学習を妨げたりする傾向が強く、他のクラスと比較しても、指導上好ましくない雰囲気が顕著であつた。そこで、学級担任の被告笹野は、再三生徒らを指導し、父母にも協力を依頼してきたが、さしたる改善は見られなかつたところ、原告は、このような状況につき生徒間においてリーダー的役割を果しており、積極的に身体障害者等弱い者をいじめ、また、真面目に授業を受けている生徒に悪戯をし、それを注意されると自分は関係がないような態度を装つたり、他人の所為にしたりするなど要領よく立ち廻ることが多かつた。

被告笹野及び同青木らは、折にふれて、原告のかかる短所を是正すべく努力したが、思うような効果はあがらなかつた。

3  有富の状況

有富義晃(昭和四一年五月二六日生)は、当時二年四組に所属し、明るく素直で誠実な生徒であつて、身長こそ原告より高かつたが、昭和五二年に脳腫瘍治療のため左前頭葉腫瘍摘除手術を受け、本件当時においても複視・右半身不全麻痺等の症状が残り、身体に軽度の障害があるうえ、昭和五五年四月に静岡大学附属中学校から転校してきたばかりであるという事情もあつて、同級生から教科書に給食の総菜を挟まれたり、所持品を隠されたり、殴る蹴る等のいじめの対象とされ、このことは、二年生の学年部会(二年生の各学級担任及び学年主任、副主任等の教諭によつて構成されるもの。)でも取り上げられていた。

4  三月五日の出来事

昭和五六年三月五日午後三時ころは、生徒の手で教室等の掃除(労作)がなされるべき時間であつたが、原告は、同級生の佐野正直と共に、二年四組の教室の教壇側出入口附近において、有富を壁際に立たせ、同人を被術者として催眠術遊びをしており、他の同級生の多くも掃除をせずに、その周りを取り囲むようにしてこれを見ていた。有富は、原告らに催眠術遊びをかけられて意識がもうろうとなり、壁に頭を打ちつけたうえ転倒した。

丁度その時、掃除の見回りに来た被告望月は、二年四組の生徒達が掃除をしていない様子に気付き、当日学級担任の被告笹野が休暇中でもあつたため、教室内に入つたところ、教室の出入口附近に集つていた生徒の多くは、散るようにして掃除にとりかかつたが、有富は、同所附近で頭を押さえてうずくまつたまま涙を流しており、被告望月の問いかけに対しても、何があつたのか良くわからない旨答えるのみであつた。そこで、被告望月が再度有富に聞こうとしたところ、出入口附近で様子を窺うようにしていた原告が近付いてきたので、原告に尋ねたら、原告は、「何もしていません。遊んでいただけです。」と、有富とは全く関係がないように答えた。被告望月は、その場の雰囲気から、有富がいじめの対象になつていたことを察知したが、動揺している有富から即座に事情を聞いても正確な説明は望めないし、その場で真実を追究することで新たないじめの切掛けをつくることになるおそれもあると判断し、他に見回る場所もあつたので、生徒らに早く掃除を始めるよう指示しただけで、その場を離れた。

5  有富からの事情聴取

被告望月は、翌三月六日第二時限の授業終了後の休み時間に、有富を呼び止めて、前日の掃除の時間中の出来事について尋ねたところ、同人は、原告及び佐野正直に強要されて催眠術遊びの対象にされたこと、それ以前にも同級生から所持品を隠されたり、教科書に給食の総菜を挟まれたり、殴る蹴る等のいじめを受けていることを話した。

被告望月は、有富の右説明は事実であつて、前日原告が有富に対しては何もしていない旨答えたのは偽りであると判断した。

6  原告らの呼出し

そこで、被告望月は、もともと生徒の指導については、当該学年の担当者が協力して当たることになつていたうえ、前日自分が催眠術遊びの直後の模様を現認したことから、自ら原告らを指導しようと考え、第三時限終了後の休み時間に、学級担任の被告笹野、学年主任の奥村教諭及び生活指導担当の中川教諭等に対し、自らは担当すべき授業がない第四時限の授業時間(午前一一時二〇分から午後〇時五分まで)中に、原告らを指導することを告げて、その了解を得、更に被告笹野に対しては、原告と佐野正直を職員室へ呼んでくれるよう依頼した。

被告笹野は、これに応じて、音楽教室で授業を受けるべく在席していた原告と佐野正直に対し、直ちに職員室にいる被告望月の許に行くよう指示した。

7  本件加害行為

(一)  被告望月は、職員室に来た原告及び佐野正直に命じて、上履をはいたまま床の上に正座させたうえ、原告に対して、「お前はきのう嘘をついただろう。」と尋ね、原告が「嘘はついていません。」と答えるや、その顔面を平手で殴打し、「眼鏡をはずせ。」と命じて原告がこれに応じたところ、更に原告の顔面を平手で殴打した。そして、被告望月が前日の出来事について原告に問い質したところ、原告は、有富を被術者として催眠術遊びをしていたことは認めたものの、いじめようと思つてやつたことではないなどと弁解し、反省の態度を示さなかつた。そこで、被告望月は、それがいじめることになるのだと言いながら原告を殴打し、原告と佐野正直に催眠術遊びのやり方を実演させて、その危険性を説いたうえ、更に原告を追及して、原告が以前有富を蹴つたこともあることを聞き出し、その顔面を殴打した。この間被告望月が原告を殴打した回数は一〇数回に及んだ。

(二)  被告望月は、この際弱い者いじめをする雰囲気を一掃すべく、二年四組の生徒を一気に指導しようと考え、原告に対して、前日催眠術遊びをそばで傍観していた生徒を呼びに行かせた。そこで、原告は、音楽教室に戻り、「周りにいた人は来て下さい。」と言つたところ、男女生徒各六名がこれに応じ、原告と共に職員室に来た。被告望月は、右生徒らを伴つて職員室に戻つてきた原告に対して、更に「いつも有富をいじめている奴は誰か。」と追及したので、原告は再び音楽教室に行き、望月宏明を連れてきた。

被告望月は、右男女各六名の生徒に命じて全員床の上に正座させ、自分は椅子に腰かけたまま、催眠術遊びは極めて危険なものであり、これを見ながら制止しなかつたことについて注意し、また、有富をいじめてはならない旨説諭したうえ、右生徒を一人ずつ立たせ、男子生徒に対しては平手でその顔面を殴打し、女子生徒に対してはその額面を平手で小突いた。また、望月宏明については、同人が遅れて職員室に来たことに立腹し、その襟首を掴んで平手で顔面を四・五回殴打したうえ、うずくまつた同人に対して足蹴りを加えるなどし、そのために、同人の唇が切れて出血した。この際は、被告望月も興奮しており、望月宏明に激しい暴行を加えたので、居合わせた小林一男教諭がこれを制止した。

(三)  その後、二年一組担任の中川雅充教諭が、原告と望月宏明の二人だけが残るように命じたので、他の生徒は教室に戻つた。

被告望月は、残つて正座している原告と望月宏明に対して、他に有富をいじめている者はいないか追及したので、今度は望月宏明が音楽教室に行き、服部智一を連れて来た。被告望月は、服部智一にも正座させ、有富をいじめてはならない旨説諭しつつ殴打し、同人から、以前有富の筆箱を隠したり、有富に足をかけたりしたことがあることを聞き出して、更に殴打を加えた。

(四)  やがて、第四時限の授業時間も終り、被告青木及び同笹野が職員室に戻つてきた。

被告青木は、かねてから、原告につき、授業時間中無駄口が多く、真面目に学習しようとしている生徒に悪戯をしかけては真剣な教室の雰囲気を損うなど、その授業態度は悪いと考えていたところから、原告を自分の席の前に正座させたうえ、自らは椅子に腰かけたまま、授業は真面目に受けるべく、弱い者いじめをしてはならない旨説諭しながら、手拳で原告の頭頂部を軽く数回小突いた。

被告笹野も、その場の状況及び原告の日頃の言動から、学級担任として更に厳しい指導の必要を感じ、原告に対して、善悪の判断を明確にし、嘘をついてはならないなどと諭しながら、その顔面を平手で数回殴打した。

(五)  その時、原告らのことを心配した二年四組の女子生徒一三名が、私達も悪いから共同責任をとりたいと言つて、職員室に来た。被告望月は、原告・望月宏明及び服部智一に対し、給食が終つたらまた職員室に来るように命じたうえ、生徒全員を教室に帰した。

以上のような経過の中で、原告は、被告望月らの指示により、二度にわたつて催眠術遊びの傍観者及び望月宏明を音楽教室に呼びに行つた時を除き、終始職員室の床の上に正座をさせられ、第四時限の音楽の授業は全く受けることができなかつた。

(六)  給食の時間が終つた後、原告が望月宏明及び服部智一と共に職員室へ赴いたところ、既に前記一三名の女子生徒も来ていた。そこで、同女らと共に職員室の前の廊下に正座していたところ、そこへ被告青木が来て、直接に又は原告を介して間接に女子生徒は帰るよう指示したので、同女らは第五時限の授業を受けるべく教室に戻つた。

(七)  暫くすると、中川雅充教諭が、廊下に正座している原告、望月宏明及び服部智一を職員室に呼び入れて更に説諭したうえ、原告らを教室に帰した。

8  原告の傷害

原告は、被告教諭ら三名の行為(被告教諭らの各行為は、同一の機会に同一の場所で同一人に対し相前後してなされたものであるうえ、本件では後に説示するとおり被告個人の責任を各別に論ずる必要のない場合であるから、被告教諭ら三名の行為を一括して全体的に考察することとする。)により、左眼球打撲兼球結膜下出血(左眼球結膜の発赤と眼瞼部の腫張が認められるが、視野及び眼圧は共に正常である。)の傷害を負い、翌三月七日眼科医で診察を受けて点眼薬を貰つたが、八日まで点眼したのみであとは自然治癒した。

<証拠>中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三被告教諭ら三名の行為の違法性について

被告教諭ら三名の原告に対する行為については、教員による懲戒権の行使をめぐつて違法性の有無が争われているので、まずこの点について検討する。

学校教育法第一一条は、その本文において、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。」旨規定して、学校教育における懲戒の根拠を明かにし、同法施行規則第一三条は、これを承けて、(一)懲戒を加えるに当つては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければならず、(二)懲戒のうち退学・停学及び訓告の処分は校長がこれを行うべく、(三)退学は、公立学校に在学する学令児童及び学令生徒に対しては行うことができず、(四)停学は、在学する学校が公立であると否を問わず、すべての学令児童及び学令生徒に対して行うことができない等の規定を設けている。

ところで、校長・教員による懲戒は、学校における教育目的を達成するため、教育上好ましからざる所為のあつた生徒等に対し罰として加える制裁であつて、退学及び停学のごとく、学校で教育を受けうるという生徒等の法的地位に変動を及ぼすような、法的効果を伴う懲戒と、叱責や授業中一定時間起立させるがごとく、かかる法的な効果はもたず、事実上生徒等に苦痛を加えるにとどまる、事実行為としての懲戒とが含まれるが(校長が行うべき訓告処分との関連で、より厳密にいえば、法的効果を伴う懲戒と伴わない懲戒、事実行為としての懲戒と処分としての懲戒という、ふたつの分類が交錯するものというべきか)、いずれにしても教育作用の一環としてなされるものであるから、それが許容される範囲は相当広く、親権者の懲戒権(民法第八二二条)には及ばないものの、少年院長のそれ(少年院法第八条)などとは比較にならないものである。のみならず、学校教育における校長・教員と生徒等との長期かつ密接な関係及び教育のもつ専門性等の事情から、生徒等に対する懲戒は、教育の衝に当たる校長・教員の広い裁量に委ねられているものというべきであるから、校長・教員が生徒等に対し事実行為としての懲戒を加える場合においても、教育上必要な配慮をすべきはもとよりであるが、そのうえで適宜な時期・場所及び方法を選択することが許されるのであつて、他の教員等がいる職員室で多数の生徒に対し同時に懲戒を加えたからといつて、その一事をもつて違法ということはできない。

しかしながら、校長・教員による懲戒にも、おのずから法律上許されるべき限界の存することはいうまでもなく、殊に体罰については、教育学ないし心理学上又は教育実践の場において、それがもつ教育的効果の有無程度ないしは人間を教化育成するうえでの功罪等につき、種々見解の対立していることは、周知のところであるが、法律上は既に明治時代から禁止され、現行学校教育法も、第一一条但書において、明確にこれを禁止している。しかして、同条にいう体罰とは、事実行為としての懲戒のうち、被罰者に対して肉体的苦痛を加える制裁をいい、殴る・蹴る等その身体に直接有形力を行使する方法によるものと、正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたつて保持させる等それ以外の方法によるものとが含まれる。そして、いずれの場合においても、体罰なる概念がもつ外延の周辺部における限界の判断が微妙かつ困難なものになることは、避けえないにしても、制裁として肉体的苦痛を与えるものであることを要するから、教員が教育上好ましからざる所為のあつた生徒等を指導する際に、教科書の背で軽くコツコツと頭部に触れたり、反省の意思を確実なものにするため平手で肩を叩くなど、厳密にいえば有形力の行使があつたといわざるをえない場合であつても、なお体罰には該当しないと評価すべき事例がありえよう。要するに、体罰に該当するか否かは、有形力の行使による場合とそれ以外の方法による場合とを通じて、教員が行つた行為の態様のほか、生徒等の年令・健康状態、場所的及び時間的環境等諸般の事情を考慮し、制裁として肉体的苦痛を与えるものといえるか否かによつて決すべきである。しかし、いやしくも体罰が加えられたといえる以上は、たとえ懲戒行為としてなされたものであつても(懲戒行為としてなされたものでなければ、そもそも体罰とはいえないが)、法律上は違法な行為であつて、体罰に違法なものと適法なものとがあるというが如き見解は、当裁判所の採らないところである。

また、義務教育を保障するという観点から、公立学校に在学する学令生徒に対し退学及び停学処分をなしえないことは、既に指摘したとおり、学校教育法施行規則の明定するところであり、この趣旨は、事実行為としての懲戒を加える場合にも尊重されて然るべきである。したがつて、教員が学令生徒に対し懲戒を加える場合、その時期及び場所を定めるにつき裁量権を有するとはいつても、生徒から授業を受ける機会を実質的に奪うような決定をすることは許されず、このことは、そこでなされる懲戒が体罰であると否とにかかわらないものというべきである。この意味で、授業に遅刻した学令生徒を一定時間内教室内に入れない措置は、必ずしも体罰とはいえないが、懲戒の方法として採ることは許されない。なお附言すれば、学校教育法第二六条(第四〇条において準用)は、性行不良であつて他の児童等の教育に妨げがあると認める児童等があるときは、市町村の教育委員会は、その保護者に対して、児童等の出席停止を命ずることができる旨規定する。この趣旨を敷衍して、授業中喧騒等の行為により他の児童等の学習を妨げる者がある場合、他の方法によつてこれを制止することができないときは、教員において、妨害者たる児童等を一時教室外に退去させることができると解釈する余地もあろう。しかし、これは、いうまでもなく教室内の秩序を維持し、他の児童等の学習上の妨害を排除するためであつて、妨害者たる児童等の懲戒の問題ではない。

かかる観点に立つて本件をみれば、被告教諭ら三名の原告に対する各行為が、いずれも教育上の必要に基づき、好ましからざる所為にあつた原告に制裁を加えるためになされた懲戒行為であることは、既に確定した事実関係から明白というべきである。

しかしながら、これと同時に、被告教諭ら三名の行為が、有形力行使の態様・回数及び程度においても、はたまた長時間正座を持続させた点においても、全体として被罰者たる原告に肉体的苦痛を与えたものということができ、したがつて法律上禁止された体罰に該当するだけでなく、第四時限の全部及び第五時限の一部につき、原告から授業を受ける機会を奪つた点においても、懲戒権の行使として許されるべき法的限界を逸脱したものというべきであるから、懲戒行為の故をもつて、その違法性が阻却されるものということはできない。

四被告市の責任

本件当時、被告教諭ら三名がいずれも被告市の設置管理にかかる安東中学校の教諭であり、また、原告が同校に在学する生徒であつたことは、当事者間に争いがない。そして、公立学校における教諭の生徒に対する教育活動は、国家賠償法第一条にいう公権力の行使に当るものと解しうるから、被告教諭ら三名は、公共団体たる被告市の公権力の行使に当る公務員というべきところ、既に認定判断したとおり、その職務たる教育活動の過程において、故意又は過失により懲戒権を逸脱して、違法に原告に対して傷害を負わせ、かつ、授業を受ける機会を奪つたのであるから、被告市は、国家賠償法第一条の規定により、原告に対して、これによつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

五被告教諭ら三名の責任

公権力の行使に当る国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人はその責を負わないものと解すべきことは、既に確定した判例であつて、当裁判所もこの見解に従う。

これに対して、原告は、公務員に故意又は重過失が存する場合には公務員個人の賠償責任を認めるべきであると主張するが、その理由とするところは、第一に、故意又は重過失の場合には、個人責任を認めても公務員の職務に対して萎縮効果がないこと、第二に、公務外の不法行為の場合に行為者個人が賠償責任を負うことの対比から考えて個人責任を認めるべきである、とするものである。

しかしながら、民事責任の追及は、被害者の損害の回復を第一義とするものであるところ、右損害の回復は、その支払能力に欠けるところがない国又は公共団体に対する金銭請求で充分であつて、それ以上に公務員個人に損害賠償を求めることは、右損害の回復の観点から見ると不要であるばかりでなく、これを認めることは、被害者個人の報復感情の満足を図る以外の実益を見出しがたい。それゆえに、国家賠償法第一条は国又は公共団体の賠償責任だけを規定していると考えられる。原告の第一の主張は、その主張自体から見て公務員の個人責任を認めなければならない積極的根拠づけを伴つていないし、第二の主張は、右被害者の損害の回復という観点から見ると、理由がないことは多言を要しない。

そうすると、本件においては、公共団体たる被告市が原告に対して賠償の責に任ずるのであつて、公務員個人たる被告教諭ら三名は、いずれもその責を負わないものというべきである。

六原告の損害

被告教諭ら三名の本件加害行為によつて原告が蒙つた精神的損害について判断するに、本件懲戒行為の内容・程度、ことに原告の授業を受ける機会も与えないで一時間余も事実上職員室に拘束したうえ、多数回の殴打を繰り返し、原告に傷害を負わせたこと、その原因となつた原告の非行の内容がいわゆるいじめであると認められるうえに極めて危険なものであつたこと、前記認定にかかる原告の性格・行状、懲戒に至る経緯その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件加害行為によつて原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は、金五万円をもつて相当とする。

七結論

よつて、原告の被告市に対する請求は、慰藉料金五万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五六年三月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求並びに被告望月・同笹野及び同青木に対する請求はすべて理由がないから、これを棄却することとし(なお、原告は、安東中学校の設置管理者たる被告市の固有の法的義務違反に基づく賠償責任なるものを追及する旨主張するかのようである。しかして、その趣旨必ずしも詳かでないが、結局のところ、それは、被告教諭ら三名の行為によつて原告が蒙つた損害――これを措いて、他に原告の損害はない――の回復を求めることに帰すると解されるから、この点につき格別の判断はしない。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官長嶺信榮 裁判官樋口英明)

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